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SNSで消耗してない?Twitterで情報収集すべきでない理由

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最近お菓子の食べ過ぎで5キロ太りました。セトセイラです。

最近、あちこちで「SNSが消耗する」「Twitterが最近つまらない」という声を耳にする。

私自身、Twitterをやっていてとても消耗することもある。でも、SNSを辞めようかなと思ったことはあっても強い意志を持って辞めたいとは一度も思わなかった。

それは、人が消耗するのには法則があると思っているから。

この記事は、そんなTwitterを始めとするSNSで消耗していることに心当たりがある人に向けて書いたものである。よろしければお読みいただきたい。

 

世の中の大半の言葉などほとんど妄想トークである

そもそも、世の中に溢れる言葉のほとんどがその割合は様々だが妄想トークだと思う。

世の中の言葉は大きく分けて4種類に分類されている。

・歴史的な観点や、科学的根拠に基づいた話
・入ってきた情報をそのまま、伝えるカセットテープ型の話
・自分の経験に基づいた話
・何やら影響力のある価値観に触れて現実と理想がごっちゃになっている話

1つ目の歴史的観点や、科学的根拠に基づいた話は大多数の人に説得力を持たせることができる言葉だ。なぜなら、すでに実証済みの信頼できる根拠があるから。

もう1つ目の入ってきた情報をそのまま伝えるだけの話については内容の幅が広いので、ここでは一旦置いておこう。

問題は残りの2つ。

自分の経験に基づいた話と何やら影響力のある価値観に触れて現実と理想がごっちゃになっている話だ。多くの人の言葉はこの2つで構成されていることがほとんどである。

もちろん、先に申し上げればこのような内容の話がいけないというわけではない。

ただ、言葉というものは人が思っている以上に魔力を秘めており、発した本人が自分の言葉に洗脳されているものだ。

それが、例え体験談だったとしても知らず知らずの間に多少記憶は入れ替わる。

よく『思い出は美化される』と言うが、都合の悪い記憶を忘れたり、人に話す時に多少盛ったり、感情的に熱を入れて話しているうちに、いつのまにか情報は自身の都合のいいように入れ替わっているというのを前提に思った方が良いだろう。

そして、Twitterでとにかく多く見かけるのは『何やら影響力のある価値観に触れて現実と理想がごっちゃになっている話』だ。

よく『お金持ちの人の特徴まとめ』『フォロワーが伸びる人まとめ』『成功するならこれをしろまとめ』などと意識高い文言が並べられているのを見かける。

これらの言葉を発信している本人は、そもそも自分の体験談でもなんでもない場合が多く『何やらすごい人』の情報に触れ続けた結果、さも、そのことがこの世の真実であるかのように発信していることも多い(※ちなみに体験談だったとしても、全てのパターンを調査した結果導き出した答えではないので正論は言ではない場合が多い)。

もしくは、自分が何やらすごい人であるかのように言葉で表現しているに過ぎない。

その内容を、例えて言うなら

『猫を飼っている人に悪い人はいない』

という話と同じくらい全く根拠のない話である場合がほとんどである。

この手の話をする人は、世界中の猫を飼っている人を全員調べた結果、人間の脳のどの部分がどういう影響を受けていることが判明されたなどの調べを持って発言しているのではない可能性の方が高い。

ちなみにこれは余談だが、詐欺師が人を信用させる手段として猫や犬などを飼うという手口は存在するし、サイコパスな人は猫を飼う傾向が高いというデータを見たことがある。

もちろん、そこまでの情報を持ってしないと発言をしてはいけないというわけではない。

発言者からしたら単なる軽い気持ちのアウトプットにしかすぎず、受け取り手はそのことを前提に情報は見るべきだという話だ。

せっかくなので、少し前に見かけたツイートを内容を多少変えてご紹介しよう。

『アンチコメントは、今の時代全部名誉毀損で訴えれるらしいです 判例では30万円〜100万円』

という内容のツイートが軽くバズっていて、正直に言うと私はかなり引いてしまった。

断言してもいいが、この発信は実際にそういったことで訴えたことがない人でないと言えない言葉だ。なぜなら、そんなのでいちいち名誉毀損が成立したらもっとTwitterの秩序は守られている。もちろん、内容によっては名誉毀損になることもありえるがそんなに簡単な話ではない。

先に言っておけば、それをつぶやいた方はおそらく『いい事を言っている』という感覚でつぶやいているのだろう。

だが、実体験でもなく実際に調べ尽くしたわけでもなく上部だけの情報で人にいい事を教えてあげよう!という感覚は、Twitterという世界がどういうものかを物語っていた。

ちなみに、この情報に関して付け加えさせていただくと、私自身この内容は経験があるのだが『この世の中の仕組みでは、SNS上の誹謗中傷がなくなることは今のところないだろうな』という感想だった。




Twitterに意識高い系が溢れている理由

様々なSNSの中で、Twitterほど”意識高い系の言葉”が溢れているところはないのではないかと思う。

個人的な感覚だと、FacebookやInstagramも意識の高い発信は多い。しかし、どちらかと言うと限りなく自慢話に近い自分の身の回りに起きた話なのでさほど問題ではない。

ただ、なぜかTwitterは「自己啓発本の読み過ぎでは?」と思うような固定概念や自分の話ではなく何に基づいている話なのかもよく分からない他人に訴えかける情報が多い。あまりにも、他者を制そうとする”意識高い系の発信”が多いように思う。

さらには、文字数の少なさ故かとにかく美しくない言葉が溢れているのも特徴だ。もう少し言うと、謎の爪痕を何としてでも残そうという過剰な暴露(※自分の性癖を暴露する、人生不幸自慢)を残す人も多いがそれはここでは置いておく。

なぜ、Twitterはこれほどまでにマウント型の意識高い系が多いのだろうか。

私が考えるに、その答えは『情報のスピード感に利用者が知らず知らずの間に煽られている』からではないだろうかと私は考える。

他のSNSと圧倒的に違うところは、とにかく情報のスピードが早い。そして、各所で『Twitterをやるには1日○ツイートしよう!』とか『とにかくスピード感があるものが注目されやすい!』とか『爆速〇〇レポ』という投稿が異常に多すぎる。そう、異常にだ。

このようなスピード感に触れ続けていると、人は気付かない間に、心が煽られ、本来は個人差があるはずの各々の言語化するスピードがおざなりになり、思考が浅い状態で発言をしやすくなり、限られた文字数の中で泥団子を投げつけるような雑さが目立ち、情報の質よりも大きな声で騒いだ者勝ちな世界が出来上がる。実力者たちも、一度成功体験をするとその成功体験以外の発言が劇的に少なくなる。

故に、当然だが『とりあえず意識高い言葉を呟こう!』という風潮も強い。

それが、Twitterに意識高い系が溢れている理由だ。

このような行動は、自分の意識改革を行う目標に向かうなどという面ではとても意味がある。先程も申し上げた通り、そもそも言葉は自分自身の言葉であっても充分に洗脳されるので意識高い言葉を言い続けるのは発信者本人にとってはメリットが高い(※もちろん、絶対ではない)。

ということは、このような発信は発信者にとって意味があるだけなので受け取り手にはマイナスに働くことも多いのだ。受け取り手のことを考えられた発言なのではなく自分のための発信だと思った方がいいだろう(※一見、誰かのために見える情報も最終的に自分の認知度を上げるためというのが前提の場合、無条件に優しさのある発信だとは思えない。)

Twitterは、情報を受け取る場所というよりも個人のメモを人に公開する場、もしくは本当に大好きな人の発信を拾うのに使うことをおすすめする。

消耗する最大の理由は、虚言で生きているから

アンチ活動を熱心にする人にも言えることなのだがTwitterの情報を見て、消耗する最大の理由は自分自身が虚言で生きているからというところにある。虚言、なんて言葉を使うとマイナスなイメージが強くあると思うが虚言はポジティブに生きている人にも良くあることだ。

例えば、アイドル。

彼女たちはけして、本当のことを全部表に出して生きているわけではない。辛いことがあっても、その辛さを表に全部出さず時には『すっごい楽しかった!』と口にすることもあるだろう。人は、その言葉に勇気や元気をもらうのだ。

本当にすごいプロ意識だと尊敬している。

さて、ここで言いたいのは、だからと言ってアイドルを模範にして活動をすべきではないということ。

Twitterの情報発信を見ていると、まるで自分がアイドルになったかのようなキャラ作りをした発信、カッコいいことすごいことしか発信をしない人が多く見られる。このような活動は、どんなに辛いことがあっても貫き通すことが大切である。

ゆえに、そのことを100%楽しんで発信をしていれば別だがフォロワー数が○人減った、増えたでいちいち心がすり減るような人は間違いなくやるべきではないし、消耗をした時点で合っていないからやめた方がいいだろう。アイドルの子たちがそれを貫き通せるのは、発信以前に彼女たちがやりたい事がアイドルだからである。

世の中の情報にいちいち心が乱れる最大の原因は、本当は〇〇なはずなのにを前提に本来の自分を否定しながら虚言で生きているからだ。

Twitterですり減らないためには、そもそも人の言葉ではなく自分自身で生きる人か自分のコンテンツに圧倒的な自信を付ける必要があるだろう。自分に嘘があると、人はその嘘からあっさりとと蝕まれていく。簡単に他人が発した強い言葉に取り憑かれてしまうのだ。

かっこよく見せなくていい
自分の評価を他人に押し付けない

自分の人生を愛している人は、人の言葉にいちいち消耗などしない。もしも、Twitterで消耗している今があるなら自分に嘘をついて虚言で生きているからだ。人の言葉で生きたところで、そこに答えなどない。

なぜなら、人生とは自分のものだからだ。

SNSのROM専は病む

情報のほとんどが、感情論や不確かなものに溢れているTwitterで最もメンタルによくないのはROM専

人は見る専門で関わっていないと思いがちだが、偏った強い言葉を一方的に見すぎると知らず知らずの間に心はそんな言葉を受けて病んでいく。なぜなら、一方的に情報を拾うという状態は、思考が知らないうちに停止していて最小限しか脳が働いていない状態で見ているからだ。

Twitterをやるなら、確実に発信をした方がいい。やっていない人からすると「大丈夫」と思いがちだが、実際に文字にして言語化してみると「あぁこんな風に自分は思ったのか」と初めて気が付くものの方が」圧倒的に多い。

ROM専をするくらいなら、良質な本を読んだほうが絶対にいい。

Twitterは自らが発信をすることに意義があるのであり、情報収集の基盤にすべきではない。

 

傷つく人がいるのは、本当に仕方がないことなのか

私が発信を始めたとき、ずっと悩んでいたことがある。

それは「断定的な強い言葉を使わなければ誰の心にも響かないのだろうか」「自分の考えを提示すると、誰かが傷付いてしまうのは仕方のないことなのだろうか」ということ。

私は、自分自身の使う言葉は強いほうだと自覚している。それによって受取手が必要以上に影響されすぎることがとても嫌だった。あくまでも、私の話でありそれが全てではないと強く思っているからだ。

故に、日常生活の中で自分の意見をほとんど言うことはなかった。しかし、活字が基盤となるSNSの世界では想像を超えるほど良くも悪くも響きすぎてしまうことがある。

世の中にいる発信者のほとんどが「それは仕方ない」と言い切っていた。

私は、自分の発信が受取手のほんの少しのきっかけになればいいとは思っているが、自分の情報で支配したいとは全く思わない。

そして、必要以上に情報に傷付いてしまう人に対して『は?うるせぇよ』とも思えなかった。

そんなある日、私は誰も傷付けないけど多くの人に刺さる優しい言葉を紡ぎ出すコラムニストさんを発見した。彼の存在を見つけたことは、私にとって心の底から嬉しかった。そのコラムニストさんは、本当に凄かった。ここでは名前はあえて伏せるが、インフルエンサーさんで彼の作品(コラム)はあまりにも美しかった。誰も傷つけない言葉を紡ぎ出すのは、ものすごい頭の良さともの凄い能力がいることなのだと知った。

今の私には、そのコントロールは難しいが彼の存在は私の人生の希望だった。

私は世の中の多くのインフルエンサーと呼ばれる存在は苦手だった。言葉が強すぎて、傲慢で、何かを否定しながら権威を示していて彼ら彼女らの情報を見ているととてもお腹いっぱいになってしまう。

傷つく人がいるのは仕方がないことだなんて枠で収まる言葉でない言葉を紡いでいきたい。

それが、私の最終目標である。

まとめ

 

SNSは、仲間探しをするところではない。結果的に出会える人がいるだけだ。

大切なのは、自分の軸を持つこと。人の考えで生きようとした瞬間、そこには膨大な不安定な情報が流れてくる。

発信者にとってはそれが真実だったとしても、受取手にとっては真実ではないのだ。

言葉は魔力だ。

それが例え、自分の言葉であっても大きな影響をきたしてしまうことをどうか忘れないでほしい。自分の価値を自分で認めること。誰かに認めてもらう(フォロワー数など)ことがベースになっては消耗戦になってしまうだろう。

Twitterで消耗しないコツは、情報を拾う場ではなく発信する場に使うことをおすすめする。




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