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人を応援するのは簡単なことじゃない、技術が必要だ。

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こんにちは。セトセイラです。

突然だけれど、皆は応援したい人っている?

人を応援して、応援されて。私はそんな関係が理想の友人関係だなぁなんて思う。たまに会ってただ話を聞いたり愚痴ったりすることも時には大事だけれど、せっかくならお互いが成長しあえる存在でありたい。

・・・でも、人を応援するのって凄く技術がいることだなぁ、能力だなぁ、と日々実感をしているのも確かだ。

本日は、そんな人を応援するというお話。

それは応援ではなく、迷惑だ

誰かを応援したい!と思う気持ちはとても素敵だ。

私自身、本当にありがたい話だがこれまでの人生で人から応援をされたことは多い。人の応援に何度も支えられて生きてきた。凄く感謝をしている。

しかし「応援してくれていのは分かるけど・・・」と頭を悩ませることに心当たりがある人は多いのではないだろうか。聞いてもいないアドバイス、必要以上に与えたがる人、こちらの気持ちも考えずにぐいぐいと踏み込んでくる人・・・etc。こういう人は本当に多いのだ。

「でも、私のことを思ってやってくれているし・・・」と口をつぐんでしまう。

中でも『聞いてもいないアドバイス』という名のマウント取りが苦手だ。なぜか、わざわざ相手を否定してから新しい意見を出す人が多いように思う。アドバイスを出すことだけならいい。しかし、どういうわけか「お前のこういうところが勿体ない」「お前のこういうところがだめだ」などと今目の前にいる人を一旦否定してから案を出したがるのは何故なのだろうか。

私はこの、何の悪気もなく関係に優劣を付けてから出されるアドバイスがとても苦手だった。

このようなことを言うと「お前のためを思ってわざわざ指摘してあげているんだ、むしろ有難いと思え!!」という意見が本当にたくさん飛んでくる。しかし、アドバイスは否定の上でしか成り立たないというものではない。

そもそも他人が思う『その人の悪いところ』など、その人にとって価値観が合わないところや、好みじゃないところでしかなく、人として絶対にアウトなのかというとそれは全く別の話だ。なので、そもそも『人の行動を否定する』というのはそんなに簡単な話ではない。

また、このようなアドバイスに限ったことだけではない。

応援という言葉で全てを正当化して、必要以上にぐいぐいと距離を詰めてきたり、こちらの気持ちなんておかまいなしに何かを与えようとしてくるのもなかなかに考えものだ。

例えば、お笑い芸人のキングコング西野さんがよく話題にしている「応援してくれる気持ちは嬉しいが、差し入れはいらない」という話。遠方での仕事やイベント時に明らかに食べきれない量の差し入れや、持ち運ぶのに大変すぎる品物の数々など、贈り手は応援の気持ちや善意だったりするのだが、現実的には受け取り側が本当に困ってしまうという事態はよくある話だ。

また、これは極端な話だが私が過去に芸能事務所に所属していた時、駅でずっとファンの人が待っていて「疲れていると思って甘いものプレゼントしたくて・・・!」と言われて渡された事がある。その方にとってはどんなに善意な行動だったとしても、見ず知らずの男性に駅で待ち伏せされている怖さと言ったらない。

『応援』という言葉を使えばなんでも嬉しいというわけではない。ましてや、人の時間を大量に奪ったり、人の人生にあれこれ口を出しすぎるのはなかなか考えものだ。もちろん、全てのアドバイスが迷惑だという話ではない。ただ、アドバイスというものは本来はものすごく技術がいる行為であり、誰でも簡単に扱えるものではないということを心にとめておいてほしい。

はっきり言ってしまえば。それらは応援ではなく、ただの迷惑だ。

友人の応援に深く感動させられた話

人を応援するのにも技術がある。私が強くそう思ったのは、以前受けた友人からの応援に深く感動したところにあった。

当時、私は芸能事務所に所属していてネットの競輪番組のアシスタントMCとして出演が決まった。

補足説明をすると、この競輪番組はニコニコ生放送で放送されているもので、リスナーのコメントをタイムリーに拾いながら放送は行われる。番組は、競輪で大人気のタレントさんや現役のグラビアやアイドルの子たちと一緒に放送をすることになっていた。出演が決まったのが嬉しい反面アイドルたちと並べられるようなルックスでもないし、競輪についても当時は無知。ましてや、ネームバリューがあるわけでもない私がそこに並ぶのだ。流石の私も「その不細工だれだよw」「帰れ」「死ね」なんてコメントがタイムリーに視界に入ってきたら動揺してうまくしゃべれなくなってしまうかもしれないと悩んでいた。そんな話をとても仲のいい友人にしたところ、こんな答えが返ってきた。

 

友人「番組名教えてよ。ひたすらブス死ねって書き込むわ。」

私「え?」

友人「アンチコメントきたらそれ全部僕なので、あの野郎って思いながら心置きなく放送したらいいよ。」

 

この友人の返答に私は深く感動をした。無責任に応援するわけでもなく、「大丈夫だよ」なんて根拠のない慰めをするのでもなく、圧倒的に私のことを考え尽くした結果の言葉だった。それと同時に、人を応援するという行為には技術がいるのだということを思わずにはいられなかった。

私は、彼ほど人を応援することに長けている人を知らない。

人を応援するには、いろいろな形があり、最も重要なのは型ではなく対象者が楽しく前に進むための補佐なのだと知った。

 

無難なのは、本人に聞くのが一番いい

応援のセンスは、プレゼントのセンスとよく似ている。

よく「気持ちがこもっていればなんでも嬉しい」と口を揃えて言う勢がいるが、果たして本当にそうだろうか。

私はこの論争について、プレゼントする側の人間を慰めるためだけに作られた回答だと思っている。例えて言うなら「私不細工かな」「そんなことないよ○○ちゃんは可愛いよ!」という会話とよく似ている。

もちろん気持ちは嬉しいが本当に必要がないものをもらってしまった時、多くの人が誰か別の人にあげたりメルカリで売ったりする光景を日常の中で目の当たりにする。下手すると、もらったことすら覚えていない人もいる。プレゼントは日頃の感謝やお祝いの気持ちを伝えるものなので、応援とはまた少し違う要素も含まれるが、感覚的には近いだろう。

本来の応援とは、”良かれと思った自分の価値観”を相手に押し付けるのではなく”相手の活動に声援を送る”ものだ。

ちなみに、とても悲しいことが起きた人に対して「話くらい聞くよ。辛かったね、君は悪くないよ」と優しく聞いてくれる人も考えものだ。悲しい出来事は必要以上に言葉にして何度も復習してしまうと、心がその状態から抜け出しにくくなってしまう。

もちろん、あった出来事を情報整理のために吐き出すことは大事だが、最も身の回りで立候補が多いのは『私でよければ、話聞きます!』という人だ。話せば話すほど、前に進めない足枷になってしまっていることも充分あり得る。

でも、そんなこと考えだしたら人を応援することに対して臆病になってしまう。では一体、特に何をしたらいいか思いつかない時は何をすればいいのだろうか。

その答えは、本人が言ったことをシンプルに実行するのが無難だ。

ただ、ここで注意しなければならないのは「何かできることがあったら言ってね」という声のかけ方。多くの人は「〇〇は誰に手伝ってもらおう!」などと計画を立てながら日常を送っていないので何かできることの『何か』が明確化されることはほとんどない。

よく「今度ご飯行こう!」などと約束をして実行されずということがあるだろう。ぼんやりとしたものを明確化するのはそれ相応のエネルギーを要する。

なので、「今一番必要なものは何!?」などという聞き方をするのがおすすめ。そして、『具体的な行動を何も起こさない』というのも選択のうちの一つであるということを忘れてはいけない。

本当に人を応援するのには技術がいる

悩みを相談した時に、よく答えを提示する人がいるが大半の悩みは1+1は2とは限らないのだ。故に、大半の提示はある種の正解ではあるがある種の間違いでもある。提示したものが、その人にとって最も最適な答えである場合ももちろんあるが、そうでない場合は余計に悩みの種が増えてしまうだろう。

もちろん人によって好みが分かれるところではあるだろうが、個人的には答えを提示するよりも相手の中にある情報の交通整理のお手伝いをするのが1番しっくりとくる。人の悩みは、情報の整理がうまくできず混乱していることで悩んでいる場合もある。情報が綺麗に整理されれば、おのずと自分がどうすべきなのかという答えを自らの力で導きやすい。最終的には、自分の人生の道は自分自身で決めなければ意味がないと私は思っている。

人生の進むべき道は他人が気軽に口を出していい、領域を超えている。悩んでいる相手に、最も最適な言葉を出すというのはコミュニケーションの中でもかなり難易度の高い行為だ。

人を応援するのというは、圧倒的な技術が必要なのだ。

まとめ

応援というものには、なんとなく固定概念的な型があるように思う。

でも、本当はすごく幅が広くて、相手やタイミングによっても応援の最適は変わる。「人を応援するという気持ちは素晴らしい!」というのは同意だが、応援=何をしてもいいというものではない。

私自身、たくさんの人に応援をして頂く機会があるしたくさん応援したい人がいる。故に、けして自己満足ではない応援の技術を身に着けたいと日々思っている次第だ。

応援とは、とても高度なコミュニケーション技術であると私は思うのです。

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